今日の日本経済新聞WEB版に、遺言書に関する記事が掲載されていました。

様々な状況変化に対応できる心構えを持って備えることが重要であるとしたものでした。

以前に前半部分の記事をご紹介させていただきましたが、今回は、その後半を原文のまま紹介させていただきます。


争続対策――。つまり残された家族が相続問題でもめないような対策をとるには、単に「遺言書」を1回つくればOKということにはなりません。経済状況の変化、認知症のリスク、本人の気持ちの変化など、様々な状況変化への対応力を備えたものにしておくことと、そうした変化に気づき、すぐに対応に移ることのできる心構えを持っておくことが大切になるといえるでしょう。

前回のコラムでは、状況変化としてよく起こり得る主だったものを5つ挙げました。

(1)財産が特定できなくなってしまっている
(2)財産を渡そうとしていた相続人が先に死亡している
(3)相続人たちの財産状況が大きく変わっている
(4)遺言をしようとしている人が、認知症になってしまっている
(5)遺言者本人に気持ちの変化が生じている

今回は、(3)、(4)、(5)について、どのような具体的状況が考えられるか、そしてそれを防ぐためにはどうしたらいいか、についてみていきたいと思います。

まず、(3)「相続人たちの財産状況が大きく変わっている」についてです。

相続人たちの「財産状況が大きく変わっている」とは、具体的にはどのような場合を指すのでしょうか。これは、例えば2008年に起こったサブプライムローンに端を発する、リーマン・ショックなどが顕著な例となるでしょう。こうした経済上の大きな変化によって、それまでは順調だった企業組織などの円滑な活動が阻害され、各世帯の収入が大きく影響を受けたような場合がこれにあたります。

もう少し具体的に考えてみましょう。

例えばリーマン・ショック以前は、自営業を営む長男は事業がとてもうまくいっており、経済的な心配は不要だったとしましょう。一方で、同居している長女は、まとまった収入がなく、経済的な支援が必要な状態だったとします。2人の母親はそのような状況を受けて、親の身近にいてよく面倒を見てくれる長女に対して、より手厚く財産を残すような遺言書を作っていたとします。当時の長男、長女の経済状況であれば、おそらくその内容でも大きな違和感はなかったはずです。

しかし、そこへリーマン・ショックなど、経済に大きなインパクトを与えるような出来事が起こってしまいます。すると、自営業をしていた長男はその余波を致命的に受け、自社が倒産するなどの憂き目にあってしまいました。もし、母親が遺言書を書き換えることなく亡くなってしまったら、用意していた遺言は果たして、その後の状況変化に見合ったものとなっているのでしょうか。

このケースでは、長男は経営していた会社が倒産したわけですから、長男の子どもが高校や大学などに就学中であれば、学費が途絶えて中途退学を余儀なくされる可能性もゼロではありません。このような状況で、長女に手厚く財産を渡すという偏った内容の遺言書が出てくれば、長男としては納得できない部分があっても仕方ないと思います。

やはり母親は遺言書をそのままにしておくべきではなかったといえるでしょう。簡単な作業ではないですが、子どもたちが経済的な状況変化に見舞われ、自分の体調も悪化していることをそれとなく感じたら、すぐに遺言内容の無効化も含めた再検討をすべきだったのです。

このように、いったん死後のことをきちんと準備していたとしても、社会の変化という当事者のコントロールできない要素で、遺言書の内容が全く現状にそぐわなくなってしまうことがありえるのです。

次に、(4)「遺言をしようとしている人が、認知症になってしまった」というケースについて考えてみます。判断能力を失ってしまうと、もはや遺言を作成することすら難しくなってしまう、という点では、5つのケースのうちでも異質だといえます。

というのも、それ以外のケースでは既存の遺言内容の見直しをする余地がありますが、この(4)のケースにおいては、そもそも作り替えることができない場合も想定できるからです。

具体的にいうと、その問題は以下のような形となって現れます。例えば、高度成長期の時流に乗って成功をおさめた中小企業の社長が遺言書の作成を検討していた場合です。社長には3人の息子がいますが、仲が相互にあまり良くありません。社長の主な財産は、もちろん家屋敷や預貯金などもあるものの、自社の株式が一番大きな割合を占めています。

しかしながら、ひとくちに株式といっても、中小企業の自社株式というものは財産としては特殊です。単なる財産というよりも、会社という「生き物」を把握するための異質な財産といった方が適切かもしれません。

中小企業のオーナーの相続の際に、お家騒動が原因でついには会社を潰してしまったという事例をたまに目にしますが、こうした会社を存続させていくうえで重大な財産については、きちんと後継者に承継させることが重要となります。このため、自分がもつ株式を生前の早いうちに後継者に移しておくか、最低でも遺言書によって後継者に渡す準備をしておかなければなりません。

しかし、人によってはすぐに手を打てるとは限りません。後継者を長男にするのか、次男にするのか、はたまた三男にするのかを迷った揚げ句に、急速に認知症が進行してしまい、遺言書の作成が難しくなるというようなケースも実際に存在します。特に会社経営者のケースでは、そもそも次に承継するのか、それとも他へ売却するのかの決断を早期に行うことが、取引先や従業員といった多くの利害関係人に迷惑をかけない意味でも重要となります。

また別のケースとして、いったん遺言書を作成していたのだけれど、何らかの事情でまた作り直す必要が出てきたにもかかわらず、そのとき既に遺言者が認知症になっており、判断能力を失ってしまっていた……という場合もあります。

例えば、ある駅前ビルを持って賃料収入を得ていたオーナーの女性が、同居して身の回りの世話をしてくれる娘に対し、その駅前ビルを渡す内容の遺言書を作っていたとします。その後、駅前の再開発の一環で、このビルを含む区域をタワーマンションに建て替えたいという計画が起こり、開発事業者の側からを駅前ビルを手放してほしいという協力要請を受けるようになりました。

しかし、オーナーである女性は認知症が進んでいて、すでに判断能力がなくなってしまっています。事業者側としては、家族に同意を得たうえで家庭裁判所の後見制度を利用し、この女性に後見人を立て、正式な手続きを踏んでからビルの売却に同意をしてもらいたいところです。

ところが、娘にとってみれば、遺言書の中で母親が自分に渡すと約束してくれている、いわば虎の子の収益物件です。これを売却してしまうと、お金、あるいはお金の代わりに割り当てられるタワーマンションの居室を母親名義で取得することになりますが、そうなると、娘がもらうはずだった駅前ビルはどうなってしまうのでしょうか。

残念ながら、遺言書の中では「駅前ビルを売ったお金や、代わりにもらったタワーマンションを娘に渡す」とはされていません。あくまでも、駅前ビルそのものを渡すということになっているため、生前に売却してしまえば、結局のところ娘がこの財産の代価を取得することはできなくなってしまいます。そのため、娘から積極的にこのタワーマンションの計画に協力してもらうことは期待できません。娘が反発している以上、事業者側も無理に手続きを進めることもできず、これが原因でマンション開発計画は一時中断してしまわざるを得ないでしょう。このような事態なども、遺言書を作成した後に判断能力を失ったという状況変化によって引き起こされたケースだといえるでしょう。

最後に、(5)「遺言者本人に気持ちの変化が生じた」というリスクについてみていきたいと思います。これは、例えば「同居を条件に財産を長男夫婦に渡すという内容の遺言書を作っていた」けれども、「やっぱり近くに住む次男夫婦とその孫たちの方が自分に良くしてくれるから、次男夫婦側にも手厚く残してやろう」と考え直すようになった、といったようなケースです。こうした気持ちの変化があったにもかかわらず、書き換えをしないまま亡くなってしまうというリスクがあるのです。

しかし、この遺言者本人の気持ちの変化については、この他にも別のリスクが存在するように思います。高齢になっている父母の気持ちは、かなりの幅で揺れ動くことも珍しい話ではありません。その揺れ動く部分に強く呼応して、子どものひとりが独断で同居を始める、あるいは子ども同士で親の身柄を奪い合い、自分の手元に置いておくことで親の気持ちを変えていくというようなケースさえ起こり得るのです。

そこには、兄弟姉妹間の競争意識というか、他の相続人に対抗して自分こそが……という部分もあり、ついエスカレートしがちなのかもしれません。親の気持ちが変わらないうちに財産を自分のものに確定させておきたいので、多少の贈与税は覚悟しても親からの贈与を強行するということもありえるでしょう。

つまりは、本人の気持ちが自発的に変わるのではなく、外部から強引に変えられてしまうケースがありえることも、リスクの一つだといえるように思います。これはもはや遺言書の機能といった次元の問題ではなく、別の次元の問題だともいえるでしょう。「気持ちが変わっているにもかかわらず、遺言をしないまま亡くなってしまう」というリスクもさることながら、「気持ちは変わらないのに、強引に迫られて別の遺言書を作ってしまう」というリスクもまた存在しているのです。

以上のように、遺言書を作成していたとしても、そのまま手放しで安心できるわけではありません。前回と今回の2回にわたってみてきたように、考えられるリスクは決して少なくはないのです。このようなリスクを避けるためには、遺言書を定期的に見直す、あるいは大きな出来事や変化があった際には、遺言の内容に影響がないかどうかを再確認するといった姿勢が重要になってきます。

また、財産の種類や渡したい気持ちの度合いによっては、遺言書以外のスキーム、例えば、「信託」の活用など、他の手段が取りえないかも併せて考えていくべき問題であるといえるでしょう。
【日本経済新聞WEB版2013/4/2】 

いかがでしたでしょうか・・・

遺言の難しさを感じえない状況でした・・・

常に、見直すことも考えながら準備することが重要なこととなってきます。

何事にもリスクは付き物です・・・

リスクをヘッジする考えは常時、準備しておきたいものです。


本日は、『遺産分割がもつれた場合の解決方法③』について、お話させていただきます。

1 審判

審判は調停と異なり、裁判官が職権で事実を調査して、相続人や遺産の範囲を確定し、遺産を評価したうえで、法定相続分に従って、各相続人の相続する財産を決定します。
しかし、職権調査とはいえ現実には相続人が資料を提出することは可能となりますし、また、要求されることがあります。

審判は、訴訟と同じように慎重な審理がなされることとなります。
審判に不服があれば、審判書の送付があったときから二週間以内に高等裁判所に即時抗告することができます。

以上、『遺産分割がもつれた場合の解決方法に③』についてを、お話させていただきました。

次回は、『遺産分割のその他の注意点』について、お話させていただきます。